諏訪郡三澤村の三澤熊野神社&青龍山真福寺でお花見ひとり旅



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長野県岡谷市成田公園でお花見ひとり旅

の続き。

これは2025年4月14日の旅です

青龍山真福寺や、その東隣の三澤熊野神社近くにあるドブ沿いに可愛い地蔵…


と石碑。1910年に建てられた深澤驛阯碑(ふかさわえきしひ)。100年以上前の石碑ですが…文字がクッキリ読めますね。メンテナンスしてるのかな?現代語訳してみます。

信濃国諏訪郡三澤村は諏訪湖の西岸に位置し、古くから深澤と呼ばれていました。かつて久安(1145〜1151年)の時代、前参議であった藤原親隆(ちかたか)卿が、冬に湖の水が凍りついて往来が困難になった際、これを憂いて深澤驛を再興しました。その功績は国史(歴史書)にも伝えられ、今日までその名が残っています。

しかし、時代の流れと共にその遺構は失われようとしていました。そこで有志たちがこの地に碑を建ててその歴史を顕彰したいと願い、私(三島毅(つよし))に銘文の執筆を依頼してきたのです。

思えば、久安の時代から既に800年が過ぎました。当時は王政(朝廷の政治)が衰え、湖の水が凍りつく御渡り(みわたり)が起きても渡し船を出すのが難しかった時代です。
御渡りとは 現在では御神渡り(おみわたり)と呼ばれる、諏訪湖で厳冬期に全面結氷した氷が収縮膨張を繰り返し南北に裂け、轟音と共に氷の山脈が出来る自然現象。神様がお渡りになった跡などの言い伝えがあります。
しかし今、再び王政(明治維新)が復興し、凍った湖の上を渡ることも、かつての困難が嘘のように容易になりました。

この碑を見る者は、古今の時代の隆盛と衰退の移り変わりに深い感慨を覚えずにはいられないでしょう。ここに先人の詩に代えて、銘を刻みます。

銘文 かつての駅(うまや)の跡も、今ではただの荒れ地となってしまった。

しかし親隆卿が諏訪の湖畔に宿駅(しゅくえき)を整えた功績は、天が助けたかのように永く語り継がれている。

駒(馬)を留めて休ませたその道は、今も泰平の世(明治)に繋がり、母なる大地を潤し続けている。

明治43年12月
東宮侍講(とうぐうじこう:皇太子の教育係) 正四位勲二等文学博士三島毅撰文ならびに書
藤原親隆は平安末期の公卿(くぎょう:上級貴族)で諏訪の地に縁があり、冬の諏訪湖の難所を救うため宿駅を整えた人物として讃えられています。

この碑が建てられた1910年は明治維新から約40年が経ち、近代化が進んだ時期。筆者の三島毅は、古の苦労と明治の繁栄を対比させて表現しています。

三島毅は三島中洲(ちゅうしゅう)として広く知られています。

幕末~明治に活躍した著名な漢学者で、全国各地から碑文の執筆を頼まれるほど、漢学・書道の大家(たいか:熟練者)として尊敬されていました。

石碑と手水舎の間にある通りは三澤熊野神社の参道です。石碑にも登場した三澤村。正式な住所から三澤の文字は消えてしまいましたが、三沢区のように行政区として残っています。


その三澤熊野神社の参道沿いにある石碑。


拝殿、及び参道は南東を向いています。桜が咲いてます。


ご由緒


ご神木



拝殿


お賽銭箱には諏訪神社と同じ梶紋(かじもん)、又は梶の葉紋。諏訪の梶の葉紋には根が4本の諏訪梶の葉(上社)と、5本の明神梶の葉(下社)があり、こちらは5本なので明神梶の葉ですね。


拝殿から参道を眺めると須ケ平遺跡のある丘陵が。


神社のすぐ西隣には大きなお寺、青龍山真福寺。


拝殿の鰹木は3本、本殿は5本…いずれも奇数なので男性神ってことになります(絶対的な決まりがある訳ではありませんが基本的に)。実際、御祭神は全て男性で伊弉冊命(いざなぎのみこと)、事解男命(ことわけおのみこと)、速玉男命(はやたまおのみこと)の三柱。


諏訪湖!から流れる天竜川!!


ここから静岡県の河口まで直線距離で164km、流路延長213kmの長旅をして太平洋に出ます。


ここから太平洋までの川下りしてみたいなw


画像中央上にあるのは高道(たかみち)墓地。青龍山真福寺が管理する墓所。岡谷の製糸業の基礎を築いた初代および二代目片倉兼太郎(かねたろう)の墓所が安置されています。左下にある桜に囲まれた赤い屋根は三沢区コミュニティ施設。


初代片倉兼太郎(1850年1月12日~1917年2月13日)


では隣にある青龍山真福寺にお邪魔します。


安心地蔵。ほこりちゃんが同化してる…


あれで青龍山と読むのでしょうか?


屋根にある寺紋は…


あ!こっちは根が4本だ!隣の三澤熊野神社と違う!ってことで上社系諏訪梶の葉ですね。


あっちの屋根にも諏訪梶の葉。




鐘楼




御本堂


屋根には諏訪梶の葉と真言宗智山派の桔梗門。真言宗智山派といえば、さっきの成田山蓮華不動院と同じですね。


綺麗な庭


これは…梅ですかね?


ぼけ除 白寿観音


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