【平泉】温泉とわんこそばと諏訪神社



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【平泉】関山中尊寺ひとり旅

の続き。

これは2023年10月26日の旅です

11:55am
悠久の湯 平泉温泉


旅行が好きな割にそこまで温泉とか興味ないんですが、朝から歩き通しで疲労物質が溜まっているので入りました。


12:51
さて、汗を流してサッパリしたところで昼食にします。


芭蕉館


名前を書いて待ちます。


このような札がありましたが、それ程待たされませんでした。


有名人が来店したときの写真がありましたが撮影禁止でした。

12:29
わんこそば


12椀✕2段


1段お代わり出来ると言われましたが満腹だったのでお断りしました。その代わりつゆが足りなくなったので追加お願いしました。


平泉駅に戻ります。






北上駅へ戻ります。


さくら野百貨店北上店で買い出しをした帰りに神社を見付けました。

シンプルな明神鳥居。

諏訪神社です。ここの住所(岩手県北上市諏訪町)の諏訪は、この神社が由来ですかね。

控柱付きの立派な明神鳥居。参道の方角は若干西寄りですが、ほぼ真南です。

大同二年(807)桓武天皇の勅命により坂上田村麻呂将軍が東夷征定の際、当地方の開発と産業の発展を祈願し、信濃の国諏訪大社建御名方神(タケミナカタ)の御分霊を始め、その他時代と共に五柱の神様を勧請し建立されたと云われています。


その後、慈覚大師円仁が諸堂を建立。

神門は四脚門…で合ってるかな?

後冷泉(ごれいぜい)天皇の勅命により源頼義と安部頼時が征定をする際にここを祈願。それが成就するとそのお礼に社殿を修築。

東側には新築っぽい末社が一列に並んでいます。左から稲荷神社、金勢(こんせい)社、八坂神社&金比羅神社(一社に合祀)…端っこしか見えてないのが秋葉神社。

当初は元宮の地(隣町の幸町)に鎮座しておりましたが、盛岡藩主南部利視(なんぶとしみ)の崇敬篤く享保19年(1734)現在地に社領を賜りました。


神仏混淆の時代は諏訪山護国寺と云い、一寺一社の社格でした。又、諏訪宮・お諏訪さんと称えられ各町村民の信仰篤く、御神徳が益々昂揚されました。


この地方に長く伝えられたという川岸剣舞(廃絶)は諏訪大明神のお告げによって、前九年の役で滅んだ安倍正任(あべのまさとう:黒沢尻五郎正任)の亡霊を鎮める為に舞ったのが始まりといわれ、諏訪神社の神事芸能でありました。

騎馬した武者姿は楠木正成。この石造は旧黒沢尻小学校の校庭にあったが戦後を機に誰かが安全な場所として境内に運んだといわれています。

明治維新後は社名を諏訪神社と称され北上市・和賀郡一円の総鎮守・氏神様として旧社格郷社に列しました。

本殿を横から拝見。

主祭神である建御名方神は、開拓の神・軍神として知られ、また農耕神、狩猟神として信仰されています。マルチタレント的な?風の神ともされ、諏訪の神が神風を起こしたとする伝承もあることから武運の長久と国家安泰の神であり、御祭神名の「ミナカタ」は「水潟」の意であり元は水神であったと考えられます。盛り沢山過ぎ!

ペンキ塗りたてっぽいですね。

広くは雨・風の守り神、水の守護神で五穀豊穣の神で生命の根源・生活の源を守る神であり、家内安全・健康長寿・商工業の繁栄・開運招福など、他にも合祀されている五柱の神を始め、末社の神々の強い御光を仰ぎ御神徳は広大無辺であります。これだけ食べてれば他は何もいらないスーパーフード的な?

稲荷神社の真裏に小さな祠。

平成19年御鎮座1200年を迎え、奉祝記念大祭を厳粛に壮大に執り行われました。記念事業の一端として、社殿・社務所・参集殿増改築工事をし、神威あらたに北上市・和賀郡の総鎮守氏神として歴代尊崇変わる事なく、神威益々厳然として現在に至っております。

更に奥へ行くと…なんだろう?元は鉄筋コンクリートの柱に囲まれていたようですが、全然わからん。

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