【平泉】関山中尊寺ひとり旅



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【平泉】熊野三社ひとり旅

の続き。

これは2023年10月26日の旅です

9:42am
熊野三社を後にして中尊寺へ向かう途中、立派な案内板が。

疏水百選(そすいひゃくせん)~照井堰用水(てるいぜきようすい)~


イヌサフラン (コルチカム)
朝露の重さで倒れているのか、茎が剥き出しです。なんかモヤシみたいにシャキシャキしてそうで美味しそう。


鶏頭など。


コムラサキ


県道300号沿いを歩きます。それにしてもいい天気です。


中尊寺簡易郵便局の隣にある細い坂から入ります。


ここで荷物を預けることも出来ます。


武蔵坊弁慶の墓

義経の部下として吾妻鏡(あづまかがみ)に登場する人物。平家物語や源平盛衰記にも登場。しかし色々と詳細が不明なので架空の人物、または実在した僧の誰かを盛りに盛った人物とされている。

9:55am
関山(かんざん)中尊寺
金色堂まで800mとありますが上り坂なので結構あります。


月見坂
中尊寺は標高130メートルほどの東西に長い丘陵に位置しているため、この坂が古くから本堂・金色堂へと参拝する人々の表参道として利用されてきました。


両脇には江戸時代に伊達藩によって植樹された樹齢300年を数えようかという幾本もの老杉が木陰を作り参拝客を迎えます。


10:06am
左手に弁慶堂があります。


薙刀を持ったこの格好も創作ですかね。


弁慶堂
文政10年(1827)建立。ご本尊は勝軍(しょうぐん)地蔵。古くは愛宕堂と称していましたが、義経・弁慶の木像を安置し明治以降は弁慶堂と呼ばれるように。


御守護の雷神塔と六道能化(ろくどうのうげ)の金剛宝(こんごうほう)地蔵大菩薩


六道能化とは

色々な如来様や菩薩様、お不動様などの明王様がおいでになりますが、中でも身近な仏様のお一人がお地蔵様。

街の辻々(つじつじ)にお祀りされ子供たちの守り仏として親しまれるのもお地蔵様です。辻とは十字路のことで、要は道のあちこちでお祀りされていると。

お地蔵様はそのお徳を顕して尊称するとき六道能化の地蔵尊とお唱えします。

私たちの心の中には実に様々な妖しい場所があります。例えばお隣さんが家を建て直し、立派な車も購入しました。

「良かったね!おめでとう!」と素直に喜べば良いのですが、人によっては「悪いことして稼いだに違いない」とか「そのうちきっとバチが当たる」のように妬むことがあります。

そんな心の暗い淵を仏様は六つに分類し六道とおっしゃいました。

一番深いのが地獄界で、他人の命を奪うなど取り返しのつかない罪を犯す世界。まさに地獄の絵図。

二番目が餓鬼界という欲の世界。三番目が畜生界で、これは本能の世界。ここまでの三つの世界を三悪道(さんなくどう)と言います。

四番目が修羅界で無法な戦いと争いの世界。他人を蹴落としてでも…のような世界。

そして五番目が人間界。ここまでの四つを克服してやっと人間になれると。

最後が天界。下位四つの世界を克服し、人間界に行ければ終了~って訳にはいかず、進んで良いこともしなければなりません。要は自分さえ良ければ…という心ではダメということです。

これら六つの心の在り方、六道を諭し教えて下さることを能化といいます。

弁慶堂の中
日本酒がお供えされています。美味しそう…あ、餓鬼界が発動してしまいました。


東物見台からの景色
右に見えているのは北上川。


段々賑やかになってきました。現在10:16am


地蔵堂
1877年再建。本尊は地蔵菩薩。隣に建つ祠には道祖神が祀られています。


薬師堂
1885年の改築で本尊の薬師如来、日光・月光(がっこう)菩薩と十二神将を安置し、和歌山県の熊野より飛来したと伝えられる熊野権現の御神体を並び祀っています。正月4日には中尊寺一山(いっさん)の僧侶によって修正会(しゅしょうえ:前年を反省して悪を正し、新年の国家安泰、五穀豊穣などを祈願)が行われます。


観音堂


中尊寺 陸奥教區宗務所
本堂の表門。ここからインバウンドだらけになります。


表門正面のおみやげ屋さんが空(す)いています。陽が高くなると混雑するので今のうちに…

南部鉄器の風鈴を買いました。凄くいい音です。割れる心配もないし良い買い物しました。


嘉祥3年(850)、比叡山の高僧慈覚大師円仁によって開山された…と言われていますが、それを裏付ける資料や発掘調査の結果はありません。


実質的には藤原清衡が釈迦如来と多宝如来を安置する最初院(多宝寺)を建立したのが、中尊寺の創建と見られています。


本堂




屋根には中尊寺の寺紋「宝相華鎹山(ほうそうげかすがいやま)」が。宝相華は架空の花です。


中央の【山】の部分を鎹山と呼びます。


鎹山


いい香り
私がこの写真を撮ったら周りのインバウンド達も一斉に撮影し始めましたwなんか珍しいものだと思ったんですかね。


本堂に上がることが出来ます。


インバウンドの一部が土足で上がってました。


悪気はないんでしょうけど…


2013年に造顕(ぞうけん)開眼供養された新しいご本尊の丈六釈迦如来。丈六とは仏様の身長のことで1丈6尺(約4.85m)。座っている場合(坐像)はその半分(2.43m)。

公式サイトでは「像高約2.7m、台座・光背を含めた総高は5m」と説明されています。台座が30cmぐらいありますので、それを除くと2.43mになりそうです。

両脇にあるのは宗祖伝教大師最澄以来灯り続ける「不滅の法灯」。

最澄と言えばここを創建したとされる円仁の師匠のひとりで766~822年に生きた方ですよね。え?その時から燃えてるってこと??

本堂から中庭を撮影。日本人は私だけかな?


御守札受所


不動堂


昭和52年(1977)建立の祈祷堂。御本尊の不動明王は1684年、仙台藩主伊達綱村公により天下泰平を祈願し新調。


峯薬師堂


境内の別峯(べっぽう:経塚山の下)に建っていましたが度重なる野火に遭い1689年ここへ移築。


讃衡蔵(さんこうぞう)に安置されている丈六の薬師如来は元はこの堂の本尊でした。こちらは薬師如来を中心に日光菩薩、月光菩薩の三尊。脇侍についてはどっちがどっちか分かりません。


幟にもあるように目にご利益あるそうです。


紅葉狩りをするため岩手に来たことを思い出しました。


大日堂
1802年の再建で、本尊は金剛界大日如来。


まだ色付き始めですね。来るのが少し早かった。


中庭みたいなところに出ました。金色堂拝観券売り場の案内があります。堂内撮影禁止ですが折角なので行ってみます。


買いました。これで金色堂と讃衡蔵に入れます。


讃衡蔵の写真はありません。讃衡蔵は奥州藤原氏の残した文化財3000余点を収蔵する宝物館で平安期の諸仏、国宝中尊寺経、奥州藤原氏の御遺体の副葬品などが納められております。

それでは金色堂へ。


入口
この建物の中に金色堂が丸ごと収まってます。音声ガイドがひたすら流れていました。


金色堂とは中尊寺創建当初の姿を今に伝える唯一の建造物で天治元年(1124)に上棟(じょうとう)された皆金色の阿弥陀堂。

経蔵
建武4年(1337)の火災で上層部を焼失したと伝えられる。


ご本尊騎師文殊菩薩と三方の経棚に納められていた紺紙金字一切経(こんしきんじいっさいきょう)は讃衡蔵に移され、ここには新しい騎師文殊菩薩が安置されています。

確かに騎師(ジョッキー)ですね。

関山天満宮
菅原道真公第十四世孫五条為視(ためのり)公(1291-1362)が勅命により奥州平泉へ下向逗留の時、出生した乙王丸(おとうまる)に京都北野天満宮より勧請して授けた天満大自在天神の御真影(ごしんえい:天皇の肖像写真や肖像画を敬って呼ぶ語)と観世音菩薩をお祀りしています。


要するに菅原道真の子孫である為視が、子供が生まれたとき北野天満宮から勧請した道真公と本地仏となる観世音菩薩を祀ったのが始まりであると。

芭蕉翁像并奥の細道


旧覆堂(ふくどう)
金色堂を風雪から護るため正応元年(1288)鎌倉幕府によって建てられたと伝えられる5間4方の堂。古い記録には鞘堂とも記されています。鞘の字には大切なものを保護するために被せたり覆ったりするものという意味があります。

松尾芭蕉を始めとする文人墨客(ぶんじんぼっかく)、或いは伊達政宗、明治天皇といった歴史上の人物は薄暗いこの堂内に入り金色堂を参拝しました。

金色堂解体修理(昭和の大修理)の際、現在地に移築。近年の調査では金色堂建立50年後程で簡素な覆屋根が掛けられ、何度かの増改築を経て現在の建物は室町時代に建てられたと考えられています。

大長寿院
文治5年(1189)奥州征伐の折、この二階大堂(大長寿院と号す)を見た源頼朝は鎌倉にこれを模した永福寺を建て奥州藤原氏と源義経の霊を弔いました。


現在の本堂は、文久3年(1863)の再建。本尊は胎蔵界大日如来。


お寺の中に突如現れた立派な鳥居


白山神社です。


能楽殿


拝殿が見えます。インバウンドが大勢いるのでここから参拝。


ふ~…長かった…無量光院跡、観自在王院跡、毛越寺金剛王院、熊野三社、そしてここ中尊寺…これだけ色々観光して、まだ午前11:22です。

それではランチでもしてホテルへ戻りたいと思います。

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【平泉】温泉とわんこそばと諏訪神社



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