信濃国一宮諏訪大社下社秋宮ひとり旅



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御頭祭を見学してきた!諏訪大社上社本宮ひとり旅

の続き。

これは2025年4月16日の旅です

6:23am
下諏訪駅のホームには古御柱(ふるおんばしら)と、それを引くための曳綱(ひきづな)。


諏訪大社の御柱は7年に一度の御柱祭で建て替えられますが、こちらは2010年の御柱祭で役目を終えた御柱のようです。


下社春宮の近くにある万治(まんじ)の石仏のレプリカ。これでも阿弥陀如来の石像なんだそうです。


御柱祭をテーマにした賑やかな顔ハメ看板w


駅舎


温泉モニュメント
燦(さん)の文字は下諏訪の未来が燦として輝くようにという願い。縄が合わさって太い綱になる様子は「団結、協力、絆」を象徴。


駅前の通り。朝日が眩しい。


生活道路中の生活道路を縫うように歩きます。


自動車が入れないので安心です。


バイクが来るかも知れませんが。


愛宕地蔵尊


この地には武士たちが馬術や弓術の練習をする犬射馬場(いぬいばば)がありました。ある時(鎌倉〜室町?)、放たれた矢が付近で遊んでいた子供たちの方へ飛んでいってしまいました。人々が慌てて駆けつけると子供たちは無傷で、代わりに傍らにあったお地蔵様の顎が削り取られていたといいます。


この伝説から隠岐のあごなし地蔵として信仰されるようになりました。何故「隠岐」なのか?については分かっていません。また、いつの間にか愛宕地蔵尊となったのも明確な記録はなく、「まぁ地蔵と言えば愛宕でしょう」という程度だっただと思いますw または顎(あご)が訛って愛宕(あたご)になったとか?


え!?ここって車通れるの??


駐車場がある…


広いところに出た。結構坂が急です。


秋宮が見えました!


到着~


正面鳥居は銅板で覆われています。


境内社もたくさんありそうです。


上社と同じで高い建物がありません。


拝殿は一応森に囲まれてはいますが、すぐ後ろが住宅街になっています。


拝殿は南西を向いています。諏訪湖と天竜川への流出口と関係あるのでしょうか?諏訪湖には30以上の河川が流れ込みますが、流れ出るのは天竜川ただ一本ですし。参道は少し湾曲しており西南西に伸びています。


正面鳥居周辺にはバス専用駐車場が結構あります。観光する場合は団体が来る前(早朝や夕方遅く)がいいと思います。


東側の谷の奥に学校(長野県下諏訪向陽高等学校)が…


説明不要の諏訪湖


住宅がビッシリ!1つだけ高い建物(ニデックインスツルメンツ株式会社 本社下諏訪事業所)ありますが、基本的にみんな低い。


さ、境内社から拝見していきますか。鳥居が二つ並んでます。


秋宮恵比壽社
大国主神と、その息子である建御名方神(諏訪神社の主祭神)のお兄ちゃん事代主神(恵比寿様)を祀っています。秋宮拝殿の注連縄が出雲大社と同じ形式であること以外にも、あちこちで出雲を感じることが出来ます。


春日灯籠が参道を照らしてくれています。


でかい石碑がこちらを向いています。


秋宮恵比壽社
右奥に見えているのも恵比壽社の鳥居です。


ご由緒
昭和23年11月20日に出雲大社、及び美保神社から勧請。昭和23年という時期は戦後の混乱から復興へと向かう時代。地元の商工業者たちが発展と幸福を願い、諏訪大社と縁の深い出雲の神様を勧請したという背景があります。


本殿
神紋が2つ並んでいますね。それはこの神社が出雲と諏訪の深い絆によって成り立っていることを象徴しています。


向かって左が島根県松江市にある美保神社(えびす様の総本宮)の神紋、二重亀甲に三文字。右が出雲大社の二重亀甲に剣花菱。


右奥にあった鳥居の向こうに神橋と桜が見えます。


斎館
神職が祭典や神事を行う前に心身を清め汚れを祓うために籠もる施設。


八幡社の玉垣や石垣にお金を出した方々の芳名。


八幡社
仲哀天皇と神功皇后の息子である誉田別尊(ほんだわけのみこと:応神天皇)が祀られています。



入口に戻ってきました。大きなお手洗いがあります。


それでは正面鳥居を潜りメインの参道を進みますか。


しかしその途中にも気になる物が多く、なかなか先へ進めませんw 先ほど上空から見た時にあった高い建物の会社(ニデックインスツルメンツ(旧・日本電産サンキョー))のロゴと名前のプレートが埋め込まれています。

ニデックはこの地域を代表する企業で、世界的なオルゴールメーカーでもあるのですね。人が近付くと音と共に動くらしいのですが、私では反応しませんでした(;´・ω・)

ここ下諏訪町は戦後から東洋のスイスと呼ばれるほど精密機械産業が盛んでした。その中心となったのがニデックインスツルメンツなんですね。

手水舎


千尋社
この奥にある千尋池は非常に深く、静岡県浜松市近くの遠州灘まで繋がっている…という都市伝説があります。


さぁ、いい加減、中に入りますよ。


うぉっ、いきなり凄い注連縄が見えた。



キタ――(゚∀゚)――!!右に見えているのは樹齢は約800年、高さ約24mある根入りの杉。


根入り(寝入り)の由来ですが、丑三つ時(深夜2時頃)になるとこの巨木の枝が下を向き、まるで人間のように鼾(いびき)をかいて寝る…という言い伝えから。


鼾の正体は木の下を通りかかった旅人がグーグーという音を聞き、驚いて見上げるとこの大杉が寝ていた…という話が語り継がれています。いやいや、全然正体の説明になってないw

この杉の葉を煎じて子供に飲ませると夜泣きが止まるという信仰があり、多くの親たちが参拝に訪れたといわれています。

ちょっと後ろを振り返ってみます。


7:27am
誰もいない拝殿を撮影成功!と思ったが、ここは神楽殿!注連縄が余りにも立派なので間違えました。

狛犬ちゃんも立派!右の台座には忠(主君や国家に対し真心を尽くす)、左には孝(親や先祖を大切にし慈しむ親孝行の心)と彫られています。

この青銅製狛犬は昭和5年(1930)に奉納されました。高さが約1.7mあり、青銅製の狛犬としては日本最大級と言われています。


作者は昭和を代表する諏訪出身の彫刻家、清水多嘉示(しみずたかし)氏。


これが出雲と同じ形式の注連縄か!!1㌧あります。


神楽殿の立札
下社なので神紋の根は上社の4本と違って5本あります。


何度見ても凄い。


神楽殿の中ですが神鏡もあるし、まるで本殿みたいですね。



この神楽殿は単なる舞台としてだけでなく祈祷を受ける場所としても使われているため、神鏡や幣束があるらしいです。


背の高い御神燈が5本並んでいます。


さざれ石
愛知県半田市亀崎北浦町 タツラ産業株式会社 細谷信彰さんによる奉納。


参集殿



左が神楽殿。そして右にあるのが…


今度こそ幣拝殿!安永10年(1781)に落成した二重楼門造。

この建物には当時の彫刻界を二分した二大流派の技が凝縮されています。幣拝殿(写真中央)は江戸時代の彫刻の名匠、初代立川和四郎富棟(たてかわわしろうとみむね)の代表作。

左右の神庫(ほくら・しんこ)・片拝殿は、そのライバルであった大隅流の柴宮長左衛門が手掛けました。

御神鏡
しつこいようですが幕に描かれている神紋は根が5本ですね。


年季の入った太鼓



皇大神宮社(天照大神、豊受大神)・若宮社(建御名方神の御子神13柱)・稲荷社(倉稲魂神)


拝殿の裏に回りました。


手前が東宝殿、奥が西宝殿。


境内社沢山


宝物殿
階段を下りてみます。


手水舎です。


コロナウイルス感染症対策の為、手を洗うなと書かれています。


秋葉社・津島社
小さな御柱が4本立てられています。芸が細かいw


狭い住宅の裏路地にある鳥居


マンホール





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