諏訪湖でお花見BBQひとり旅



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ギャー!巨石から流血!万治の石仏ひとり旅

の続き。

これは2025年4月16日の旅です

住宅街に石碑と力石
力石は昔から村の集会所の庭に置かれ昭和の初期頃まで若者達の力比べに使われたそうです。


コミュニティバス「あざみ号」のキャラクター。キク科アザミ属ノアザミをモチーフにしたものだが、名前はまだ無い。昭和にヒットした『あざみの歌』が下諏訪町で生まれたことに由来。


ジュージュー…お昼は諏訪湖で食べます。


車じゃないのでビール飲んじゃいます。


そろそろお腹いっぱいに…


ふ~食った食った…


空から自撮り


風が強いので低空飛行で我慢します。


平日の12:19。人が少なくて快適です。


綺麗な湖岸と遊歩道。


カモ


富士山


ポプラ


満開


秋に来たら紅葉も凄そうです。



ツガイ


警戒してる?


桜並木


湖岸に等間隔でストーンサークルのようなベンチ(?)があります。座ったら痛そう…


どうやらここは花火大会のときの有料区画で、石はブルーシートを括りつけるための重しだそうです。


貸しボートあったら乗りたいんだが…


桜並木はここからが本番!


強い風が常に同じ方向へ吹いているからかクセが付いています。


芝刈りも完璧!


この辺は赤砂崎(あかすなざき)公園です。


時計は13:23を指しています。


風が強いからか結構波立ってました。


砥川河口橋


一級河川である砥川が諏訪湖に流れ込む河口。


こっちは川上方面。多自然川づくり工法に基づいた石積み護岸。工事の途中の様に見えますが、これが完成形です。

コンクリートで固めてしまうと生き物が隠れたり産卵したりする場所が減って住みにくい死んだ川になってしまうだけでなく、流速が増してしまい下流や河口に凄まじい水圧が掛かって危険なため、あえてゴツゴツさせています。

また、石積み護岸は年月が経つと石の隙間に上流から運ばれてきた土砂や植物の種が入り込み、自然に草花が芽吹いていきます。最終的には、まるで自然に出来た美しい川になるよう設計されています。

護岸の工法ひとつ取ってみても、地元の愛が感じられます。


大正12年(1923)6月22日建立の除病延命地蔵尊


大正11年(1922)6月22日、対岸の平野村(現・岡谷市)にある平野尋常高等小学校の児童達が学校の行事として諏訪湖を湖上汽船天竜丸で渡っていました。

児童や教師達を乗せた大型の木造舟が突風やバランスの崩壊により、ここ赤砂付近の沖合で転覆してしまいました。

この事故により児童と教師を含む計10数名(諸説あり)が命を落とす、当時としては前代未聞の大惨事となり全国に衝撃を与えます。

当時はまだ「泳ぎを学校で教える」という習慣が一般化していませんでした。この事故を重く受け止めた長野県や全国の教育現場では、「子供たちに自分の命を守る泳ぎ(水泳)を教えるべきだ」という気運が一気に高まり、学校プールや水泳授業の普及を大きく後押しする契機となりました。

何故に英語??

諏訪湖での舟の運行基準や、気象情報の伝達、救命用具の常備といった現代の安全対策の基礎が、この犠牲をもとに作られることになりました。

また、当時は結核やスペイン風邪、コレラなどが流行していたため、お地蔵様建立の際に除病という文字も付け加えられたのだと思います。

このお地蔵さんが建立されてから凡そ2ヶ月後の9月1日には関東大震災が発生します。

このままホテルのある岡谷駅まで歩いていきます。


桜が無くなりました。


あ、桜だ。


この辺は岡谷湖畔公園


枝垂柳(シダレヤナギ)


めっちゃ風強い!


マレットゴルフ場
長野県が県を挙げて爆発的に普及させたご当地スポーツらしいです。どうりであちこちにある訳だw


マンホール
説明不要ですね。


本日の旅もそろそろ終盤。


ヒドリガモの大群
多くのカモは水面で魚や水草を食べますが、ヒドリガモは芝生に上陸し、まるで草刈り機のように等間隔で草を食むのが好きです。


シベリアなど北の大陸から日本へ渡ってくる渡り鳥。冬の間を諏訪湖で過ごし、ちょうど桜が咲く春の終わり頃(4月〜5月頃)まで滞在したあと再び北の国へと旅立っていきます。


遊具ひろば


いこいとやすらぎのゾーン


彫刻家大和作内(さくない)氏によって1967年に制作された春日というブロンズ像。


芝生広場


釜口水門が見えました。


諏訪湖には31の河川が流れ込んでいますが、出ていくのはこの釜口水門がある天竜川のみです。


諏訪湖周辺は昔から何度も大水害に悩まされてきました。現在の水門は1988年に完成した2代目で、大雨の際はコンピューター制御で自動的にゲートを開閉し、下流の天竜川へ流す水の量を1秒単位でコントロールし街を守っています。

水門の脇には諏訪湖と天竜川を行き来する魚たちのために魚道が設けられており、季節によってアユやワカサギが遡上する姿を見ることができます。

1932年に作られた初代の水門だけでは防ぎきれなかった1950年や1961年の大水害を機に設計を根本から見直し、初代の3倍(毎秒600立方メートル)の水を一気に排水できる最新の水門として造られたのが現在の水門です。


現在の2代目釜口水門が完成したことを記念し昭和63年(1988)に建てられた記念碑。揮毫(きごう)した人物は長野県知事吉村午良(ごろう)氏。1980年~2000年までの5期20年間長野県知事を務めた人物。


初代釜口水門の工事で土砂を積んだトロッコ約20両を牽引したガソリン機関車プリマス号。



メイド・イン・アメリカ


大正時代に生まれた不朽の名曲『琵琶湖周航の歌』の作詞者であり、科学者でもあった小口太郎氏。生粋の諏訪っ子だそうです。


釜口橋
初代釜口水門の完成(1934年)よりも前の昭和7年(1932)に架けられた3径間ボウストリングトラス橋。


ボウストリングとは弓の弦(Bowstring)のような形をしていることから名付けられたアーチ状のトラス構造(三角形の骨組み)。

3径間(3-span)とは橋を支える橋脚(または橋台)の間が3つある形式。連続して橋を架けることで中央部の支間長を長くしつつ、橋全体として安定した構造を実現します。

橋の重さを分散させやすく軽くて丈夫な鉄骨を効率よく配置できるため経済性にも優れています。

昭和63年(1988)に完成した天竜橋
吊り橋のように見えますが構造としては連続鈑桁橋(ばんげたきょう)という平らな橋です。


橋を縦から見た時の断面です。橋の2つ以上の区間(支柱や繋ぎ目)を跨ぐように鈑桁を取り付けることで補強されます。


何故吊り橋と誤解させるような紛らわしいデザインなのか?

この場所には、大正時代は木造の吊り橋、昭和11年からはトラス状の美しい曲線を持つブレーストリブ・タイドアーチ橋が架かっていました。その歴史的な美しいシルエットを後世に残そうということで、このようなデザインになったとか。

ブレーストリブ・タイドアーチ橋


橋の上から砥川を撮影





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